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【大阪府大阪市】勝鬘院 多宝塔

2013年2月26日に勝鬘院を訪れた際の写真。
大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町・勝鬘院。

正月の四天王寺に続き、大阪で 豊聡耳神子様 聖徳太子の聖地を巡礼。
今回訪れたのは愛染さんの愛称で親しまれる勝鬘院です。
四天王寺別院であり、西国愛染十七霊場・第一番札所でもあります。



勝鬘院の開基は聖徳太子。
寺伝によれば四天王寺の施薬院として開かれ、
鎌倉時代には鎌倉幕府第五代執権・北条頼時から寺領を寄進されました。

境内の中央に構える朱塗りの金堂(本堂・愛染堂)は、
593年に聖徳太子によって創建されたもので、
織田信長の大阪石山寺攻めの際に一度は焼失しましたが、
徳川幕府二代目将軍・徳川秀忠の手によって再建されました。



金堂の内部には本像の愛染明王が奉安されいるほか、
薬師如来、弁財天、歓喜天、十一面観音などが祀られているのですが、
さすがに撮影はできないのでお参りを済ませて境内の裏に回ります。



ふと境内脇の樹の根元を見たら、「哲学の椅子」なるものが。
ここに座って物思いにふけってください的な場所らしいんですが、
念のために座ってみたら尻がひたすら冷えました(石ですしねぇ)。

ところで、「哲学の椅子」の反対側には
「腰痛封じの椅子」というパワースポットもあるのですが、
勝鬘院のホームページに掲載されているその写真が中々衝撃的です。
さすが大阪というか何と言うか……。歴史ある寺でも攻めの姿勢ですね。



境内の裏には、大阪市最古の木造建造物として
国の重要文化財に指定されている「多宝塔」が聳え立っています。
金堂の背後に隠れているので知らないと見逃してしまいそうですが、
私にとってはこちらがメイン!
すばらしい造形です。



塔は上重と下重から成る本瓦葺。
高さ22.44m・一辺6.5mと大塔を除けば日本最大の多宝塔です。
周囲を擬宝珠高欄の縁で囲まれ、正面には板唐戸が、
少し分かりにくいですがその両脇には花頭窓がついています。



多宝塔は593年、聖徳太子によって創建されました。
金堂と同じく織田信長の大阪石山寺攻めの際に一度は焼失しまし、
1597年に豊臣秀吉により再建されたものが今日に残る多宝塔です。
内部には、秀吉が造像させたといわれる大日大勝金剛尊像と、
極彩色で描かれた十二天の壁画と柱絵が奉安されているのだとか。

薄曇りの天気なので肉眼ではちょっと確認できなかったのですが、
蟇股に十二支の彫刻が施されていることでも有名です。



それにしても梅が満開できれい。



ふたたび境内の表にまわって愛染かつらを見学。
巨大な桂の老木に凌霄花の蔓が巻き付いて一体化したもので、
その姿がまるで睦まじく寄り添う男女のように見えるということで
「恋愛成就・夫婦和合の霊木」として多くの信仰を集めています。
さすがに冬なので凌霄花どころか桂の葉っぱすら落ちてますけど……。



「愛染かつら」といえば同名の松竹映画が有名です。
死別した夫との子を抱え気丈に生きる美貌の看護婦・高石かつ枝と、
かつ枝の務める病院の病院長の令息・津村浩三のラブストーリーは
昭和初期から中期にかけて大ヒットして何本ものリメイクがなされました。




こちらは境内の外、東側の路地から撮影した多宝塔。

勝鬘院は境内がやや狭いため、
せっかくの巨大建築物だというのに近距離から見上げることしかできず
スケールがいまいち実感しづらいのが非常に残念です。

そんな時はいちど境内を出て、
東側の細い路地裏にある駐車場から、
もしくは北側の夕陽丘の碑の手前にある宗教施設の敷地越しからなら
やや距離を取って多宝塔を眺めることができます。
もちろん遮蔽物が多く全景は見ることができないのですが、
離れて見ると「こんなに大きかったのかー!」とビックリしますよ。



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